否馬迂鞍(いなばうあん)

南宋の遠征軍が冬林能(とうりんのう)の戦いで、大雪によって山中に閉じ込められた際、
武将・史通化(しずうか)が咄嗟に編み出した秘儀。動けなくなった馬から鞍を外すと、
「否馬迂(馬で迂回することもなし)」と一喝してこれに跨り、上半身を反らしてバランスを
取りながら、氷と化した雪上を敵陣目掛けて一気に滑り降りた。
この奇襲は、相手は雪で動けないと思って油断していた敵の虚を突いて大戦果を上げ、
当代最強といわれた猛将・左車項炎(さしゃこうえん)と崇流通華矢(すりゅうつう かや)を
始め、多くの武将を討ち取る大戦果を上げた。
凱旋後、史通化は宰相・相応晋(あいおうしん)から、「剛にして流れる動き、命をかけて
龍を舵するが如し」と賞賛され、剛流動命舵龍(ごうるどめだる)の称号を授けられた。
しかし、この奇襲戦法には卓越した平衡感覚と柔軟性、度胸が必要であり、この数年後
武将・安道雲(あんどううん)の軍がこれを真似て転倒、戦わずして全滅したのは余りにも
有名な話である。

民明書房刊『戦場の金メダリスト』より